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東京高等裁判所 昭和44年(う)280号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

〈前略〉

弁護人らの論旨は、本件捜索差押許可状の執行は違法なものであつたから、かりに被告人らが本件捜索差押を妨害したとしても正当防衛乃至過剰防衛に該当するものであると主張し、その根拠として、本件捜索差押に際し右許可状の呈示がなされなかつたとし、さらにかりに右呈示がなされたとしてもそれは極めて短時間、教育も十分でなく、日本字も読めない金金子に対してなされたもので適法な呈示とはいえないものであり、しかも本件捜索差押は然るべき立会人による立ち会いを欠如していたものであるというので、これらの点につき検討する。

まず、国税犯則取締法第二条による臨検、捜索差押許可状に基づいて当該処分を執行するについて右許可状を処分を受ける者に対し示す必要があるかどうかについては、同法は刑事訴訟法第一一〇条(なお、同法第二二二条第一項)のような明文の規定を欠いているので、これを根拠とし、消極の見解をとる裁判例(昭和二六年九月一〇日名古屋高等裁判所判決、高裁刑集四巻一三号一七八〇頁、昭和二六年一〇月一八日仙台高等裁判所判決、高裁判決特報二二号八〇頁)がないわけではないが、手続の公正を担保するため、刑事訴訟法の右各規定の趣旨を推及し、右許可状は処分を受ける者に示すべきものと解するのが相当である(なお、関税法第一二五条参照)。そこで、この点に関する本件証拠を調べてみるに、原判決挙示の証拠中、裁判官作成の捜索差押許可状謄本二通、登記簿謄本二通及び証人藤ケ谷金治の証言に徴し、以下の事実を認定することができる。すなわち、東京国税局査察部当局においては、かねがね原判示の具次竜なる人物が代表取締役をしていた三和企業有限会社につき、同人の右役員在任期日中において法人税法違反の嫌疑ありとして内偵中のところ、金金子は具次竜の妻であり、しかもそれぞれ相手経営にかかる他の会社の監査役の地位にあつたが、右両名が離婚したとの風評もあつたので、昭和四二年一二月四日東京国税局収税官吏大蔵事務官野坂哲也において東京簡易裁判所裁判官に対し、右三和企業有限会社の法人税法違反にかかる犯則事件につき、具次竜、金金子両名に対し、それぞれその居宅等に対する捜索並びに差押の許可状計二通の発付方請求し即日同裁判所裁判官石毛平蔵から右各許可状の発付を受けたこと、そこで東京国税局査察部においては、同局国税査察官で統括官である白石昂が本件強制調査の主任となり、同じく同局国税査察官で総括主査である藤ケ谷金次が右各許可状を携行し、ほか数名の国税査察官とともに、翌一五日午前七時半ごろ、原判示の具次竜方に赴いたこと、同時刻ごろ同人方玄関において右藤ケ谷が金金子に対し具次竜に対する許可状を示すとともに来意を告げ具次竜の在否を尋ねたところ、同女は具次竜は不在であるが自分は金金子である旨答えたので、さらに同女に対する許可状を示したところ、同女から娘二人を通学のため家を立たせるまでの時間の余裕が欲しいとの申し入れがあつたので、暫次執行を見合せることとし、その間同家階下応接間(いわゆる水槽のある間)で待機したうえ、同日午前八時ごろから一同捜索、差押に着手したが、その後の右執行の過程において金金子、その他の在宅者(記録によると、右娘二人のほか、女中の中野某、棚橋某が居たことが認められる。)が許可状の呈示がないこと等を理由として右捜索、差押を拒むような挙動に出るようなことはなかつたこと、その後同日午前一〇時近くになつて二人の男性(被告人以外の者)の訪問があり、一旦辞去したが再度訪問の際、金金子が右両名と話し合いをした後、右藤ケ谷らに対し再度許可状の呈示を要求したので同人において前記の、二通の許可状を手交したところ、同女は階下応接間(いわゆる水槽のある間)の暖炉の上にこれを置き、長女、棚橋某とともにこれを見たうえ、やつぱり両方あると述べたことを認めることができ、右認定に反する原審証人金金子の証言は事実経過の説明において具体性を欠く等措信するに足りない。ところで、所論は、金金子は日本語を十分に読解する能力を有しなかつたというが、原審で取り調べられた同女にかかる外国人登録原票写しの記載によれば、同女の本邦入国は昭和一七年であり、右藤ケ谷証言、さらには、同女自身の原審証言によつても同女は日本語の会話に不自由を感ずる者でなかつたことを窺うに足りるし、かりに日本語の読解力の点において欠けるところがあつたとすれば、許可状の呈示を受けた際、同女において係官に対しその読み聞けを求めるべきであつたのであり、本件においてそのような要請がなされたとの、措信するに足りる資料の存在しない以上、呈示者たる右藤ケ谷らが右読み聞けの手続をとらなかつたからといつて、そのことをもつて直ちに違法と断定することはできない(なお、原判示が本件において再度の令状の呈示を要しないとする理由のなかで、原判示指摘の者らが立ち入りを禁止された根拠規定として刑事訴訟法第一一二条第一項を掲げたのは、国税犯則取締法第九条を引用すべかりしものであつて明らかに誤まりと認められるが、もとより判決に影響を及ぼすほどのものではない。)以上説示したところからすれば、本件許可状の呈示は適法、有効になされていたと認めるのが相当である。なお、附言するに、かりに、本件の場合、いわゆる処分を受ける者は具次竜であつて金金子はこれに該当しないとの立場をとるとしても、具次竜が執行着手当時不在であつたと認められることは前記の通りであるから、同人に呈示することは固より不可能であつたところ、同女が本件捜索、差押に法定の立会人として立ち会つていることは後記のとおりであつて、このように処分を受ける者に呈示不可能な場合には、立会人に呈示すれば足りると解し得るので、右立会人に対して本件許可状の呈示がなされている以上、執行手続上の違法の問題を生ずる余地はないものというべきである。

結局、原判決が(弁護人の主張に対する判断)の項においてこの点に関し説示するところと当裁判所も見解を同じくするものであつて、本件許可状の呈示につき違法の点があつたとする論旨は理由がない。

つぎに、所論指摘の、本件許可状の執行に対する立ち会いの有無の点につき検討するに、前記藤ケ谷によれば、同家女中である中野某、棚橋某の両女はとにかくとして、成年に達した金金子を法定の立会人としたことが明らかであり、そうだとすれば、本件における処分を受ける者が同女であれば、もとより国税犯則取締法第六条第一項所定の立会の要件を充しているものというべく、仮りに処分を受ける者が具次竜だとしても、金金子は同居の同人の妻と認められるので(仮に妻でないとしても、同女は右条項所定の者のいずれかには該当する。)、これ又右条項所定の立ち会いの要件を充しているものというべく、これらの点並びに原判決挙示の昭和四三年三月一日付司法警察員作成の検証調書中、添付の図面その三、その四の各記載並びに写真二二葉によつて窺われる、本件居宅の構造が、中型ともいうべき二階建て住宅(但し、三階に寝室一室がある。)であつて、各階の部屋数も三乃至四の程度であること等に徴すると、原判決がこの点につき立会人において執行がなされているあいだ、同一家屋内にあつて随時その執行の状況を見ることができる(見ようと思えば見ることができるという意味に解せられる。)状態にあつた旨説示するところも優に肯認するに足り、有効な立ち会いを欠いていたとする論旨も理由がない。

これを要するに、本件捜索差押状の執行には何ら違法の点は認められないので、これが違法であつたことを前提とする弁護人らの主張は前提を欠き採るを得ない。

さらに、論旨は、かりに本件捜索差押許可状の呈示がなされたとしても、呈示といえるほどの実質はなかつたし、立ち会いもなかつたので、被告人は違法な職務執行であると信じ、かつそう信じるにつき過失はなかつたから、事実の錯誤として犯意を阻却すると主張する。しかし、本件捜索差押に所論のような違法の点がなかつたこと、とくに適法、有効な許可状の呈示がなされたことはすでに説示したとおりであるし、本件記録によれば、被告人は本件許可状が呈示され適法に執行が開始されてから約三時間を経過した時刻に本件現場に到着したものであり、右時点においてはすでに係官による差押物件に対する目録作成事務が進捗中であつたことが認められるので、右事実に被告人が原審公判廷において本件発生前どのような形で令状の呈示がなされたかについては認識がなかつた旨供述していて、この点につき何らそれを確める措置に出た事実を窺うに足りる資料もないことを考え合わせると、被告人の認識の点に関する右主張は到底容認のかぎりではない。(なお、論旨は、原判決の説示中、本件現場の状況下においては、本件捜索差押許可状の再度呈示の必要を認めないとの点を捉え、再度の呈示は必要であつたのであり、本件国税査察官らが右再度の呈示要求を拒否したことが本件現場の混乱、ひいて本件発生の原因であるとの趣旨を附陳するが、原判決のこの点に関する説示も記録に徴し優に肯認するに足り、所論は独自の見解で失当というのほかはない。)〈後略〉 (栗本一夫 石田一郎 藤井一雄)

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